アガサの嘆き

セリーナ夫人は画家にはほとんど興味が無いどころか、芸術関係のことにはすべて興味を持っていなかった。

夫人は作家とか画家音楽家の類は、りこうで芸をする動物の一種だと思っている

本文24頁

 

Lady Selina had little interest in painters,

Or indeed in anything artistic. She regarded writers,

artists and musicians as a species of clever performing animals.

Page 13

 

 

 アガサ女史は他の作品にもこういった人間描写が見られます。(オリエント急行の殺人にもあったような・・)よほど、芸術に関心のない人に苦い経験があるのか、アガサ自身も作家ですから、きっとこういう人物に手痛い思い出があるのでしょう。


アガサ女史の人間観察は鋭い所があり、それは主にポアロではなく、ミスマープルの口を通して感じられます。
 

 

エドワード王朝 近代イギリス黄金時代

 中に入ると、バートラムホテルにはじめての人だったら、まずびっくりする-もはや消滅した世界へ逆戻りしたのではないかと思う。時が後戻りしている。まるでエドワード王朝時代の英国なのである。 本文8頁

Inside, if this is was the first time you had visited Berrtram’s ,you felt, almost with alarm, that you had re-entered a vanished world. Time had gone back. You were in Edwardian England once more.
原書 page 2

 クリスティーの作品には“エドワード朝時代” (Edwardian era)という言葉が散見されます。
エドワード7世(1841年-1910年)は、ビクトリア女王とご主人アルバート氏との間の息子で、女王が長く王権に属していたので、彼が王位に就いたのは、すでに60歳近くになっていました。

 

 

 

 母親が彼に王位を譲らなかったのは、アルバート公の早世のショックで公務に消極的になって、隠遁状態になったことでした。周囲の不満にもかかわらず、イギリス国家としては、南アフリカボーア戦争)、アジア(アヘン戦争)などを通じての植民地獲得など、パックスブリタニカ(イギリスによる世界秩序)と呼ばれる時代を、迎えました。

 クリスティーはこのころ20代の半ば(1890年生まれ)、大いに繁栄する母国を誇りに思っていたのかもしれません。

 

 

今回の参考資料
イギリス史10講 近藤和彦氏著 岩波新書
王様でたどるイギリス史 池上俊一氏著 岩波ジュニア新書
イギリス王家 12の物語 中野京子氏著 光文社新書

 

教えてアガサ・セミナー項目 カ行 

⛵ グランドツアー

ところでと、あなたはイタリアに入っておられたんですね。教育の仕上げのために、例のこのごろでは、どこのお嬢さんそういうところへ行かれるようだけども。
バートラムホテルにて。P122  乾 信一郎 訳  ハヤカワ文庫

Let me see now. You’ve been in Italy, haven’t you, finishing your education there at one of these places all girls go to nowadays?
AT BERTRAM’S HOTEL P90 

弁護士エジャトンが、17歳の娘エルヴィラ・ブレイクに話しかける場面。

 

1965年発表 ミスマープルものとしては10作目、”バートラムホテルにて”は、莫大な財産を相続する資格を持つエルヴィラ・ブレイクを軸に、さまざまな人間模様が渦巻きます。舞台は英国の伝統を受け継いでいるバートラムホテルです。

 

イギリスの貴族の間では、子息や娘の教育の仕上げとして、大陸(イギリスから見て)へ、彼らを旅に出していたようでした。この風習はグランドツアーと呼ばれ、15世紀辺りから始まったようで、時はあのヘンリー八世の時代です。

 



英国らしい騎士道と学問の伝統が、彼らをして大陸の文化を吸収することが、「文化的後進国」イギリスの将来を担うための必要事項だったのでしょうね。ちょうど維新後の開国日本が、先を行く帝国に追いつくため、鹿鳴館文化を無理をして作り上げたようなものかもしれません。

コロナ濃厚接触者になってしまいました。

 先週中ごろから奥さんがのどの痛みと咳、微熱を訴えるようになり、近くの医療機関で検査を受けました。案の定、陽性と分かり自宅待機の毎日です。

私は、濃厚接触ということで、5日間の外出禁止。ひたすら忍の毎日です。

 えらいもので、高齢者の方が入院されると筋肉が衰え実生活に影響がでると言いますが、外に出ない禁欲生活は知識欲をそぎます。確実に。まず、硬い本が読めません。何回も読んで内容も熟知しているものしか、手に取る気がしません。えらいものです。

 なにはともあれ、夫婦とも3回のワクチンを接種していますので、これぐらいで済んでいると、何事も前向きな我々です。あと少し、そろそろ通常社会に復帰できるよう、近所の散歩辺りから、世間の風を体験してみます。皆さんもお気を付けを。

 

教えてアガサ・セミナー項目 あ行

🍺 アルコール

産業革命を経たイギリスで深刻な問題は、アルコール中毒でした。

当時の世相を描いた(少々誇張はあると思いますが)ウィリアム・ホガース(イギリスの画家 1697年- 1764年)の『ジン横丁・1751年』には、町中にあふれるアルコールに耽る人々が描かれています。

 

 

勝手な妄想ですが、アルコールに対する度を過ぎた許容が、この国には受け継がれているのでしょうか?『書斎の死体・1942年 ミスマープル第2作目』には、次の様なセリフが見受けられます。

 

P263 第16章 No.2

酔ってたんですか? 大佐の声には酔っ払いに対するイギリス人特有の同情がこもっていた。「酔っていた時にしでかしたことで、その人間性を判断することはできませんなあ。」

 

“Bottled? Was he? Said Coloud, with an Englishman’s sympathy for alcohokic excess, “

Oh, we can’t judge a fellow by what he does when he’s drunken.

 

文頭の酔ってたんですか?の原文が、“Bottled?と書かれているのが

瓶の中に浸っていたような表現で恐ろしいかぎりですね。

 



こういった言い回しにお国柄がほんの少し現れるようで、興味深いですね。

 

原書が届きました!

 次回のセミナーに使用する「バートラムホテルにて」の原書、「AT BERTRAM'S HOTEL」が、届きました。輸入版ですから、ひと月ほどかかると思っていました。こんなに早く手に入って感激です。

 

 

 

 

次回、『バートラムホテルにて』

 次回の教えてアガサセミナーのテキストは『バートラムホテルにて』を取り上げます。

そのための原書をAmazonで注文しました。出版業界にとっては、書店で購入すべきで

しょうが、洋書の場合はそれが出来かねます。本好き・書店好きには、辛い判断です。