テキスト公開 4月14日 セミナー ナイルに死す その⑧

f:id:Agathateachs:20210619142055j:plain

 複雑な思いを胸に含んだ三人の男女は、ナイル川を上るカルナック号に乗船します。

遊覧航行ながら、不穏な空気が流れる船内では、各自に与えられた部屋に全員落ち着きます。

 

f:id:Agathateachs:20210619142452j:plain

 歴史的エジプト遺産が残るアブシンベル付近で、とうとう事件が展望室で起きてしまいます。カードゲームに興じるメンバーにジャクリーヌが近づいて・・・・。

 

f:id:Agathateachs:20210619142729j:plain

 

< アガサクリスティー作品の傾向 >

 第一次大戦後、ベルギーからの避難民の設定として名探偵エルキュール・ポアロは生まれました。彼はアガサ作品のほぼ6割を占めます。

 

f:id:Agathateachs:20210618130434j:plain

1940年代がポアロの最盛期とすると、それ以降の主役はミス・マープルです。

 イギリスの典型的な田舎町、”セントメアリーミイド”をねぐらに、得意の推理を生かし、数々の難事件を解決していきます。この二人は変わりゆくイギリスを的確に描写するのに、大変重要なキャラクターとなっています。

テキスト公開 4月14日 セミナー ナイルに死す その⑦

今回は殺人事件の現場となったナイル川の概略をお伝えします。

イラストの下の方(上流)から上の方(下流)へと、大河が流れるのですが、ポアロ

たちは下流から上流へと河を登るツアーに出かけます。この船上で事件が起きます

f:id:Agathateachs:20210614093402j:plain

 

アスワン・カタラクトホテルで、ジャクリーン(恋人を奪われた)はポアロにかっての

恋人サイモンと友人リネットへ復讐したいと打ち明けます。途中、アブシンベル宮殿で

は、二人の頭上へ石が落ちてくるなど、不穏な状況が起こります。

テキスト公開 4月14日 セミナー ナイルに死す その⑥

 作品”ナイルに死す”は、イギリスの郊外にあるカントリーハウス(主に富豪が住む豪邸)から始まります。

 金持ちのリネットは友人ジャクリーヌから恋人のサイモンに職を与えて欲しいと、懇願します。やがて、リネットは親友の恋人と結婚しエジプトへ新婚旅行へと出かけます。まるでテネシーワルツのように。

 


www.youtube.com

 

f:id:Agathateachs:20210612194234j:plain

 

次回、舞台はエジプト・カイロです。 

 

 

< アガサクリスティー作品の傾向 >

f:id:Agathateachs:20210610135423j:plain

 

 

彼女の作品”スタイルズ荘の殺人”が、世に出たのは1920年、持ち込んだ出版社になかなか認められず、あのアガサも新人作家として苦労された模様です。

次のグラフは年代ごとのアガサが発表した作品の数です。

 

f:id:Agathateachs:20210610135301j:plain

 この年より二年前、1918年に第一次世界大戦は終了しました。大英帝国と言われた英国もこの対戦を境に少しずつ、その国力の陰りが見えてきます。

 

f:id:Agathateachs:20210610135340j:plain

 

 これより20年間、ミステリーの黄金時代が訪れます。グラフでも分かるように、1920年から1940年代にかけて、アガサの作品量はピークを迎えました。

 第二次世界大戦が終わった後、アガサの描く英国は、新興国アメリカが小説の舞台に現れる機会が増えてきます。その訳は次回。

 

 

 

テキスト公開 4月14日 セミナー ナイルに死す その⑤

f:id:Agathateachs:20210609142046j:plain

 

 近世において、オスマントルコエジプト宗主国でしたが、イギリスは東洋の植民地へ通じる運河を領土に持つエジプトへ近づきます。

 1882年エジプト国内に起こった内乱(ウラービー革命)を収めるためイギリスは軍事介入します。同年9月13日、革命を鎮圧したイギリスはエジプトを保護国にしました。

 

f:id:Agathateachs:20210609142745j:plain

 第一次世界大戦後、オスマントルコからのアラブ独立を助けるため、イギリス軍人トーマス・エドワード・ロレンスが軍事顧問として活躍します。いわゆる「アラビアのロレンス」です。

 彼が実際にアラブの独立を願ったのか、あるいはイギリス軍の深慮遠謀な策略に忠実だっただけなのか、今もって不明です。ただ、中東の複雑な紛争の火種の一因は、イギリスの外交であったのは間違いないようです。

 


www.youtube.com

こぼれ(た)話 アガサクリスティー自伝より。

私たちはコメディーフランセーズに連れていかれ、・・・中略・・・ 私はサラ・ベルナールを観た。(アガサ・クリスティー自伝 上巻 )

 

f:id:Agathateachs:20210606175813j:plain

 

アガサ・クリスティーのことを調べるため、自伝を読んでいるとフランスでサラ・ベルナールの講演を観たという記述に目が止まりました。

 女優サラ・ベルナールがどんな人物だったのか、まるで知りませんが彼女を描いた”ジスモンダ”は、偶然が生み出した作品だったそうです。

 

 f:id:Agathateachs:20210606175756j:plain


 彼女が自分のポスターを所望した際、パリ(だと思いますが)には、主だった画家が休暇中で、ミュシャしかいなかったようです。やむ負えず描いた絵は評判を呼び、ミュシャにとっては出世作となったということです。
 偶然は世間ではまま起こることですが、アガサがベルナールと同じ空間にいたことを知ることも、偶然がもたらしたことで、少し感動ものです。

 

f:id:Agathateachs:20210606175733j:plain