アガサの作品には、登場人物の名を借りて、自分(あるいは当時のイギリス人)の、考えや感情を表しているような文章に出会います。それは作品を離れても興味深く、20世紀初期ヨーロッパの様子がうかがえます。
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それにあのミネラルウオーターときたらどうでしょう。へんてこな水ですわ。エヴィアンとかヴィシーが置いてないんですよ。おかしな話ですわ。
(オリエント急行の殺人より)
And then there’s that bottle of mineral water- and a queer sort of water, too. They hadn’t got any Evian or Vichy, which seems queer to me.
オリエント急行に乗り合わせた人たちの中には、ヨーロッパの上流階級に属する人もいます。彼らにとって中東を走る列車で提供されるミネラルウォーターなど、得体が知れないものと受け取ってしまうのでしょうか?
さて、エヴィアン・ヴィシーという銘柄はフランスの地名ですが、イギリスにはエイヴァンという名が付いた川が11か所(ブリテン島8、イングランド3)、見受けられます。もともとはケルト語の川を表す言葉だそうです。ケルト語語源とする言葉は多く、ウエル・Well なども水の湧く場所という意味だそうです。
人類は水のあるところ、河川を中心に暮らしてきました。ゆえに水・川にまつわる言葉が多く残っているのは当然と言えるでしょうね。
(参考文典・川とイギリス人 飯田 操著 平凡社)